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新潟地方裁判所 平成4年(わ)223号 判決 1994年10月25日

主文

被告人金子清を禁錮一年に、被告人南雲達衛を禁錮一〇月に、被告人鶴田寛を禁錮八月に処する。

被告人三名に対し、この裁判の確定した日から三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人金子清は、平成元年六月四日に行われた新潟県知事選挙に立候補して当選した者であり、被告人南雲達衛及び被告人鶴田寛は、公職の候補者である被告人金子清を推薦し、かつ、これを支持する政治団体「清新で活力ある県政をすすめる会」(以下「清新」という。)の実質上の役職員として、清新に対する寄附金の受入れ等の業務に従事していた者であるが、被告人三名は、ほか数名と共謀の上、新潟県選挙管理委員会に清新の平成元年におけるすべての収入及び支出を記載した報告書(以下「収支報告書」という。)を提出するに当たり、同二年四月上旬ころから同月中旬ころまでの間、新潟市営所通二番町六九二番地子所在の被告人金子清宅等において、右収支報告書の収入総額欄に、実際は同元年五月一〇日に東京佐川急便株式会社代表取締役渡邉廣康から受領した現金一億円の寄附を含め、一億七一六九万一〇〇〇円の収入があったにもかかわらず、一億一七三〇万八五六〇円の収入しかなかった旨、同じく収入項目別金額の内訳欄(寄附の内訳欄)に、実際は同日に自由民主党新潟県支部連合会(以下「県連」という。)から寄附を受けた事実がないにもかかわらず、県連から五〇一一万七五六〇円の寄附を受けた旨、同じく支出項目別金額の内訳欄(政治活動費の内訳欄)に、実際は同年一二月八日に衆議院議員近藤元次の政治団体である元友会に寄附をした事実がないにもかかわらず、右元友会に一〇〇〇万円の寄附をした旨、それぞれ虚偽の記入をし、これを同二年四月二六日、同市新光町四番地一所在の新潟県選挙管理委員会に提出したものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定に関する補足説明)

第一  一億円の帰属について

弁護人らは、東京佐川急便株式会社(以下「東京佐川急便」という。)代表取締役渡邉廣康から受領した一億円は清新に帰属したものではなく、仮に、清新に帰属したとしても、そのうち君英夫陣営に支払われた三〇〇〇万円、新潟市議会議員に支払われた約二〇〇万円及び県友会に支払われた一〇万円は、清新と直接関係する支出とは言い難いから、これらを清新の収入総額から除外すべきである旨主張する。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、次の事実が認められ、これに反する被告人三名の公判段階における各供述は、被告人らの捜査段階における各供述と著しく異なり、余りにも不自然かつ不合理であって、他の関係各証拠に照らし、いずれも到底信用することが出来ない。すなわち、

一  被告人金子清(以下「被告人金子」という。)は、新潟県副知事をしていた昭和六三年三月ころ、新潟県黒埼町に建設を予定していた「新潟ふるさと村」の資金援助を依頼するため、君新潟県知事の名代として、当時黒埼町長をしていた青木太一郎の案内で、同県板倉町出身で佐川急便グループを統括し、その最高責任者の地位にある佐川清会長(以下「佐川」という。)を京都の私邸に訪ねた。その際、被告人金子は、佐川から君知事の後継者として新潟県知事に就任するよう勧められたが、君知事が未だ辞意を表明していなかったので、言葉を濁し曖昧な返事をしたのみで、出馬の有無について明確な態度を示さなかった。平成元年二月二〇日ころ、被告人金子は、新潟ふるさと村の建設計画を説明するため、前記青木太一郎及び中野進(新潟ふるさと村の社長)と共に、再び佐川をその私邸に訪ねたところその席上、佐川は、被告人金子に対し、新潟県知事に立候補するよう強く勧め、「選挙資金の方は大丈夫なのか。いくらぐらいあれば足りるんだ。二億か三億か。」などと言って、選挙資金の援助を申し出た。その時も被告人金子は前同様の態度に終始し、「いずれ時期が来たら決意したいと思いますが、そのときは御支援よろしくお願いします。」と答えるに留めた。しかし、佐川は、その場で東京佐川急便の渡邉廣康社長に電話を掛け、被告人金子を応援するように依頼する一方、同被告人に対し、右渡邉廣康と相談するように伝えた。

二  その後、被告人金子は、平成元年三月三日ころ、渡邉廣康が主宰した松田報道官の送別会の席で、渡邉廣康に対し、選挙の支援を依頼したほか、同年四月六日ころ、東京佐川急便において、同人に知事選に出馬する意思を伝えると共に、持参した関係書類に基づいて政見構想などを説明し、知事選のための準備等についても協議した。その際、同人は、「会長の方から話は聞いているので、全面的に応援するので、必要なときは私に言ってください。」と伝えた。なお、その数日前、佐川は、渡邉廣康に電話を掛けて、被告人金子が立候補する旨伝え、佐川急便全体で三億円を用意するように指示したほか、「この金は領収書のもらえない金だから、その点についてもうまくやってくれ。」などと指示し、更に、同月八日にも、京都市内で佐川急便グループの主管店長会議が催された機会を捉え、自宅において、その会議に出席した主管店長らに対し、被告人金子を応援するので、その選挙資金として三億円を提供するように指示し、その分担については渡邉廣康に任せてあるので、その指示に従うように伝えた。

三  同月八日、病気入院中の君知事が被告人金子に内々辞意を漏らし、その後継者として同被告人を指名する旨伝えた。そこで、被告人金子は、同日、新潟市内の料亭「丹屋」において、直ちに被告人南雲達衛(以下「被告人南雲」という。)、被告人鶴田寛(以下「被告人鶴田」という。)及び新潟県議会議員斎藤耐三と会い、同人らに対し、君知事の前記意向を伝えた上、自ら知事選に出馬する意向を明らかにして、正式に選挙協力を依頼した。次いで、同月一三日に至り、君知事が明確な辞意を表明したので、被告人金子は、同日夜、オークラホテル新潟において、被告人鶴田及び斎藤耐三と会い、君知事の辞表提出時期の取扱いについて協議し、諸般の事情を考慮して確定日の入った辞表を作成して貰うことにした。その結果、翌一四日、君知事の同日付辞表が新潟県議会議長に提出された。そこで、被告人金子は、自ら知事選挙に出馬する旨表明したところ、同日、高鳥修や岩村卯一郎も出馬表明をしたので、保守系候補の激戦が予想された。

四  被告人金子は、同月一五日、新潟市西堀前通六番町九〇五番地所在の第二西堀ビル四階医療法人恒仁会南雲事務所(以下「南雲事務所」という。)において、被告人南雲、被告人鶴田及び新潟県出納長佐藤昭らとその後の選挙戦について協議したところ、差し当たり寄附金を受け入れるための政治団体を設立する必要があるとの結論に達した。しかし、未だ保守系候補の一本化調整が進んでいなかったため、財界をバックにした政治団体を設立すると、その反発を招き兼ねないことなどを慮り、取敢えず寄附金の受け入れのみを目的とした政治団体を設立し、保守系候補者の一本化調整が進み、被告人金子がその候補者として正式に決定した時点で、改めて本格的な政治団体を設立した上、最初に設立した政治団体において集めた寄附金の総てを本格的な政治団体に引き継ぎ、かつ、最初の政治団体の活動費用も総て本格的な政治団体において支弁することとした。なお、そのころ、被告人らにおいて、寄附をした者の氏名、住所、職業、寄附金額等政治資金規正法一二条一項所定の事項を公表しないで処理すれば、容易に寄附を受けられるものと考え、三つの政治団体を設立して、その寄附をそれぞれ各政治団体に振り分けて取り扱うことなどについても協議した。

五  以上のような経緯に基づき、被告人三名は、まず最初に、寄附受入れの窓口的機能のみを目的とした暫定的な政治団体として、同月二〇日、代表者橋本誠、会計責任者石本隆太郎、会計責任者の職務代行者小澤興榮、事務所の所在地新潟市西堀前通六番町九〇五番地第二西堀ビル四階(前記南雲事務所と同一の場所)とする「新潟県の発展をめざす会」(以下「めざす会」という。)を設立し、新潟県選挙管理委員会にその旨の屈出をしたが、設立の経緯に鑑み、めざす会の発会式は行わなかった。実際も、めざす会は、その後、寄附金を受け付けた程度で、本件知事選に関し、何らの活動もしていない。しかも、めざす会は、平成元年八月一〇日に至り、右寄附金の総てを清新に寄附したものとし、その旨記載された同年における収支報告書が新潟県選挙管理委員会に提出されており、他方、清新もまた、右寄附金相当額をめざす会から寄附されたものとした上、右寄附と同年一二月二八日に二八三八万三八四九円(同年における残高の総額)を後記「金子清後援会」(以下「後援会」という。)に寄附した分をも併せ記載されている同年の収支報告書が同委員会に提出されている。

六  同年四月二一日ころに至り、県連による保守系候補者の一本化調整が開始された。折しも自由民主党(以下「自民党」という。)がリクルート問題等で逆風に晒されていたので、自民党の公認で立候補した場合、選挙戦術として必ずしも得策でないと考えた被告人金子は、県連に対し、自民党の公認候補としてではなく、推薦候補として応援されたい旨働き掛けるなどした。その結果、結局、同年五月一日、被告人金子のみが自民党の推薦候補とする旨決定された。そこで、被告人らは、翌二日、被告人金子が知事に当選した後も引き続き後援会活動を行う政治団体として、代表者被告人南雲、会計責任者小沢興榮、会計責任者の職務代行者渡辺岩四郎、事務所を前記第二西堀ビル四階とする「後援会」を設立し、同月六日には、代表者大久保政賢、会計責任者小沢興榮、会計責任者の職務代行者渡辺岩四郎、事務所を右第二西堀ビル四階とする政治団体「清新」を設立し、それぞれその旨の届出を新潟県選挙管理委員会に相次いでした。

七  ところが、以上三団体の代表者や会計責任者は、被告人南雲を除いて、いずれも名目上のもので、その運営等に全く関与しておらず、三団体の経営は、総て南雲事務所において、清新の実質上の役職員の地位にあった被告人南雲及び被告人鶴田が行い、会計処理は渡辺岩四郎が担当したに過ぎない。しかも、清新は、被告人金子を支持・推進する中心的、かつ、財界をバックとした本格的な政治団体として設立されたものであって、同月一五日、申請の趣旨に従い、新潟県選挙管理委員会から公職選挙法二〇一条の九によるいわゆる確認団体として、その確認書の交付を受けた。したがって、清新は、他の二団体と異なり、選挙運動期間中であっても、同条一項所定の範囲内で政治活動を行うことが出来た上、そのための支出については何らの制限も受けないことになっていた。また、知名度の高い商工会議所会頭大久保政賢をその代表者に選出したほか、同月一一日には万代シルバーホテルにおいて盛大な発会式を挙行したのもそのためであって、現に本件知事選挙において、設立の趣旨に従って活発な政治活動を展開し、それに要した費用もかなりの額が清新から支出されている。これに比し、後援会は、本件知事選挙に関し、殆ど活動らしい活動をしていない。

八  その間の同月三日、被告人金子は、滋賀県守山市に赴き、佐川や渡邉廣康と会い、同人らに首尾良く一本化調整が成立し被告人金子のみが保守系候補として推薦された旨報告すると共に、「いよいよ選挙ですので、よろしくお願いします。」などと言って、選挙資金の援助方を依頼したところ、同人らから出来る限りのことはする旨の確答を得た。一方、同月八日、新潟市東中通二番町二九二番地二所在の酒造会館において、新潟選挙事務所(以下「選挙事務所」という。)の事務所開きが行われた。その翌日、被告人金子は、東京佐川急便の渡邉廣康に電話を掛け、「例の件、如何なもんでしょうか。急なことで申し訳ありませんが、佐川急便グループから御援助戴く三億円の内、取りあえず一億円を先に頂きたいのです。如何でしょうか。もし良ければ、私の使いの者を社長のところへ伺わせますので、宜しくお願いします。」と言って、資金の援助依頼を申し出でたところ、同人から即座に「明日でも結構ですよ。使いの者をよこして頂ければ、お渡ししますよ。」と言われた。しかし、使者に考えた被告人鶴田と渡邉廣康とは面識がなかったので、同人と以前から面識のある株式会社テレビ新潟放送網の大倉省吾に案内役を依頼した。その後、被告人金子は、被告人鶴田に電話を掛け、東京佐川急便の渡邉廣康から金を受け取って来て欲しい旨依頼した。

九  そこで、被告人鶴田は、その日のうちに南雲事務所に行き、被告人南雲に対し、被告人金子に明日東京に行って渡邉廣康から選挙資金を受け取って来るように依頼された旨報告し、同月一〇日、右大倉と共に東京佐川急便を訪ね、渡邉廣康と会って、選挙情勢等を説明した上、その支援を依頼した。同人は、既に用意してあったバッグを持って来て、「ここに一億円あります。これは領収書は要りません。鞄も捨てて下さい。」と言って、現金一億円の入ったバッグを差し出した。これを受け取った被告人鶴田は、その日のうちに新潟に持ち帰り、直ちに副知事公舎に電話を掛けて、被告人金子に対し、「渡邉社長から渡されたものを持って来ました。大きいもの一本でした。社長から領収書は要らないと言われました。」と報告した上、被告人金子にその処理について尋ねたところ、「選挙資金ですからそちらで管理して使って下さい。」と指示された。なお、被告人金子は、翌一一日、東京佐川急便に電話を掛け、渡邉廣康に対し、「一億円確かに頂きました。有り難う御座いました。」と述べ、謝意を表している。

一〇  その後、被告人鶴田は、南雲事務所の近くに設置されているコインロッカーを借りて右一億円を保管し、更に、同月一一日、南雲事務所に出向いて、被告人南雲に対し、領収書を必要としない一億円を受領して来たことを報告する一方、右一億円を保管しているので、必要なときはいつでも持参する旨伝えて、被告人南雲の指示を仰ぐことにした。そして、そのころから選挙期間中である同月末ころまでの間、被告人鶴田は、被告人南雲の指示に従い、約一〇回にわたり、コインロッカーから取り出した現金六五〇〇万円位を南雲事務所に持ち込んだ。他方、渡辺岩四郎は、被告人南雲から選挙運動に関与出来るのは確認団体である清新のみであり、めざす会や後援会は単に寄附の受け皿として使う旨の説明を聞いていたので、本件知事選挙の際、被告人金子を支援して、様々な政治活動を行い、それに要した費用を支出するのは清新だけであると理解し、寄附の表裏を区別することなく、総て清新に帰属するものとして、渾然一体にして管理した。そして、その後、その一部が前記選挙事務所に持ち込まれて、本件知事選挙の費用に充てられたが、コインロッカーから取り出されたものも含めて、その総額は四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円位に達している。本件一億円のうち、残りは清新の政治活動費用等に充てられた。

一一  被告人三名は、いずれも捜査段階において、検察官に対し、本件一億円を本件知事選挙の選挙資金として使用する意思を有しており、また、清新の設立された経緯、その目的、性格のみならず、選挙費用の支出管理等に照らし、清新が本件知事選挙の中心的政治団体であると認識し、かつ、本件一億円が東京佐川急便から交付された時点において、これが選挙資金として選挙期間中に右選挙のため支出する予定であったので、一億円総てを清新に帰属させる意思であった旨、一致した供述をしている。

以上認定した事実、すなわち、本件一億円が東京佐川急便から被告人金子に提供されるに至った経緯やその趣旨、被告人金子が被告人鶴田らに本件一億円を同被告人らにおいて管理し、本件知事選挙のため使用されたい旨伝え、その指示を受けた被告人南雲らが必要な都度その一部を南雲事務所に持ち込み、清新や他の二団体の寄附金と区別せず渾然一体にして管理した後、その一部が本件知事選挙の費用に充てられ、残余が清新の政治活動費用等に充てられていること、清新のみが確認団体として新潟県選挙管理委員会から確認書の交付を受けていること、清新ほか二団体の設立目的、性格、その役割や実際の活動状況、被告人南雲や被告人鶴田は清新の実質上の役職員としてその政治活動に深く関わっていたこと、めざす会は一旦その名義で受けた寄附の総てを清新に寄附し、清新もまた残額の総てを後援会に寄附し、それぞれその旨を記載した収支報告書が新潟県選挙管理委員会に提出されていること、被告人らが本件一億円を清新に帰属させる意思でいたこと等を総合勘案すれば、本件一億円がめざす会や後援会、あるいはその他に帰属するものとは考えられず、被告人金子が被告人南雲や被告人鶴田らにその管理や使用を指示した時点において、清新に帰属したものと認めるのが相当である。

弁護人らは、仮に、本件一億円が清新に帰属したとしても、君英夫陣営に支払った三〇〇〇万円、新潟市議会議員に支払った約二〇〇万円及び県友会に支払った一〇万円は、清新のために全く使用されておらず、したがって、清新と直接関係する支出とは言い難いから、その収入総額から除外すべきである旨主張する。

しかしながら、既に説示したとおり、本件一億円は、その総てが清新に帰属したことが明らかである以上、これをその収入総額に計上すべきことは当然であって、その後、たとえ弁護人らが主張するような支払いがなされたとしても、それは他の支出項目と同様に単に支出に計上すべきものに過ぎず、その一事をもって右金員が清新に帰属したことは否定出来ないので、弁護人らの右主張を採用することが出来ない。

なお、弁護人らは、渡辺岩四郎の検察官に対する各供述調書について、取調べを受けた当時、心身とも劣悪の状態にあった渡辺岩四郎が検察官の強い誘導や強制に答えて供述したところ、これを録取して作成されたものであって、任意に供述したものとは言えないから、その供述内容は到底信用出来ない旨主張する。しかしながら、証拠の標目に挙示した渡辺岩四郎の検察官に対する供述調書四通は、いずれも東京地方検察庁所属の山根英嗣検事が取り調べて作成したものであるところ、証人山根英嗣の供述によると、同人は、平成四年九月七日から同月一四日までの間、新潟地方検察庁において、渡辺岩四郎に対し、黙秘権を告げた上、政治資金規正法違反の被疑者として任意に取り調べたこと、その際、同人は、まず北島検事の取調べに対し嘘を言って申し訳なかった旨述べた上、極めて真摯な態度で取調べに応じたこと、歯の治療に出掛けたい旨申し出た際には、その申し出でを容れて取調べを中断したことがあるものの、睡眠不足で疲労している旨の申し立てがなされたことはないこと、検察官の取調べに迎合するような態度を示したことはなく、ましてや右渡辺を誘導して検察官の意思に副うような供述を引き出し、その供述を録取して調書化したようなこともないこと、同人は記憶にないことや曖昧な部分については、その旨明確に述べたので、記憶に基づく供述部分のみをそのまま録取して調書化し,その記載内容を読み聞かせて署名押印を求めたところ、補充の申し立てをしたので、その旨追加記入した部分が存するものの、記載内容については何ら異議を留めることなく、素直に署名押印したことが認められる。確かに、渡辺岩四郎は、公判段階において、弁護人らの前記主張に副う供述をしているが、他方、取調べに当たった山根検事は優しい人柄で、言いたいことも言えないような雰囲気ではなかった旨供述しており、これに山根検事の取調べ状況等を併せ考慮すると、渡辺岩四郎の所論に副う右供述は極めて不自然であって到底信用出来ない反面、同人の検察官に対する各供述調書は、いずれも任意の供述を録取して作成されたことが認められる上、その記載内容も他の関係証拠と良く符合しており、所論指摘の事実に関する供述部分も十分信用出来るから、弁護人らの主張は採用出来ない。

次に、弁護人らは、被告人らの検察官に対する各供述調書について、取り調べに当たった検事らが、(1)被告人金子に対し、強制捜査も辞さない旨申し向けて供述を強要し、あるいは理詰めによる誘導の方法を用いて供述させ、(2)被告人南雲に対し、体調不良に乗じて供述を強制したり、理詰めによる誘導の方法で供述させ、(3)被告人鶴田に対し、連日深夜に及ぶ取調べで睡眠不足を来たし心身ともに劣悪な状況の下で誘導や強制を用いて供述させるなどしたものであって、いずれの供述にも任意性が認められないばかりか、信用性も存しない旨主張する。そして、被告人らも、公判段階において、それぞれ所論に副う供述をしている。

しかしながら、(1)証人吉田統宏の供述によると、同人は、東京地方検察庁に所属している検事であるところ、平成四年九月五日から同月二五日までの間、九回にわたり、被告人金子の要望を容れ、東京都内の二か所のホテルにおいて、同被告人に対し、黙秘権を告知した上、政治資金規正法違反の被疑者として任意に取り調べたこと、その際、同被告人は、当初、すでに知事を辞任したとして供述を拒否したが、同検事から政治的責任だけでなく法的責任も取って欲しい旨説得されるや、その説得に応じて覚悟を決め、本件に関する供述をするようになったが、法的責任を認める旨の供述を最後まで変更したことはないこと、そこで、同検事は、その供述を録取して調書化したが、その後、先にした供述の一部を訂正したい旨の申立てをしたので、その旨を記載した調書を作成したこと、同月二五日の取調べを除き、いずれも取調室に隣接する部屋に佐藤欣子弁護人や弁護人になろうとする布施誠司弁護士が待機していたので、同被告人は、その都度、同弁護人らに相談しながら供述し、右調書に署名を求められた際も、同弁護人らに相談したいと言ってすぐには署名をしなかったこと、結局、弁護人らと相談の上、時間を掛けて何度も調書を閲読した後、これらの調書総てに署名押印したこと、吉田検事の取調中、その取調べに立ち会った検察事務官が被告人金子にボールペンを投げ付けて署名を求めたり、吉田検事が調書に署名しなければ強制捜査に踏み切る旨告げたような事実は全くないことなどが認められる。また、(2)証人青木幹治の供述によると、同人は、当時東京地方検察庁に所属していた検事であるところ、平成四年九月一〇日から同月一四日までの間、四回にわたり、入院先の新潟南病院において、被告人南雲に対し、黙秘権を告知した上、政治資金規正法違反の被疑者として任意に取り調べたが、取調べは終始和やかな雰囲気の中で行なわれ、意に副うような供述を引き出すため、理詰めによる誘導を用いたり押し付けたりした事実は勿論,同被告人から体調が悪いので、取調べを中止して欲しい旨の申立てがなされたことも一度もなかったこと、同被告人の供述を録取して調書を作成した後、その内容を読み聞かせて署名押印を求めたが、その記載内容に誤りがある旨の発言がなされたことはなく、素直に署名押印したことが認められる。更に、(3)被告人鶴田は、公判廷において、取調べに当たった東京地方検察庁所属の伊丹俊彦検事は、穏やかで紳士的であった上、怒鳴られたことは一度もなく、説得も上手であったので、同検事の取調べに対し、逆らうことなく出来るだけ協力した旨供述している。

以上(1)ないし(3)のような被告人らの取調べ状況に徴すると、証拠の標目に挙示した被告人らの検察官に対する各供述調書は、いずれも被告人らが任意に供述したものを録取して作成されたものと認められる上、その供述内容も自然かつ合理的であるから、その任意性は勿論、信用性も十分首肯出来る。これに反し、所論に副う被告人らの公判段階における各供述は、いずれも不自然であるのみならず不合理であって、他の関係証拠に照らしたやすく措信することは出来ない。この点に関する弁護人らの主張も採用の限りではない。

第二  県連からの寄附について

弁護人らは、清新が県連から受けた寄附金五〇一一万七五六〇円は、実体を伴うものであって、架空のものではないから、右寄附金を清新における収支報告書の収入項目別金額の内訳欄(寄附の内訳欄)に記入したことが虚偽記入に当たらない旨主張する。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、次の事実を認めることが出来る。すなわち、

一  県連は、本件知事選挙に際し、被告人金子を自民党公認候補とはしなかったものの、保守系候補の一本化調整により、推薦候補とすることにしたので、必勝を期するため、会長以下党九役で構成する知事選挙対策本部を設置し、被告人金子のため支援活動を行なう一方、平成元年五月一〇日ころ、会長以下党三役において、県連の事務局次長の地位にあった渡邊岩保が確認団体の立場を想定し選挙費用の概算額を見積もって作成した予算書に検討を加えて修正し、金子陣営に負担を求めないことを前提に、その支出額を五〇〇〇万円ないし六〇〇〇万円とする予算を承認した。そこで、渡邊岩保は、自ら作成した「政治資金規正法の解説」と題する資料と共に右予算書を持参して南雲事務所を訪れ、これらを参考に資する趣旨で同事務所にいた被告人南雲及び被告人鶴田に交付した。

二  その後、県連は、支援活動の一環として、法定ビラの企画、作成、発注をするなどして配布し、それに要した費用等を支払ったが、その中には領収書の徴収出来ないものも含まれており、また、確認団体でない県連としては、表に計上出来ない法定ビラの印刷代なども支払ったが、その合計額が約五〇〇〇万円にも達した。そこで、その会計処理に窮した渡邊岩保は、会計帳簿の帳尻を合わせるため、確認団体である清新に依頼して、領収書を発行して貰おうと考え、平成元年七月下旬ころ、渡辺岩四郎に対し、県連の支出した合計五〇一一万円余につき、その支出内容を説明せず、単に確認団体に移させて欲しい旨依頼し、金額を記載したメモを渡したところ、確認団体を閉鎖するので同額を県連から寄附を受けたとする処理は困るとして、被告人南雲から右申し出でを断わられた。しかし、渡邊岩保は、選挙の際はままあることなので、時間を掛けて残高を減らして欲しい旨被告人南雲に伝えた。被告人南雲は、渡邊岩保の右申し出でを一旦は断わったものの、県連の収支だけの問題であって、一度領収書を発行すれば済むものと考えて思い直し、真実県連から寄附を受け取った事実はなかったけれども、渡辺岩四郎に命じて、清新において県連から五〇一一万七五六〇円の寄附を受けた旨を記載した同年八月一〇日付(その領収証を受領した後、渡邊岩保は、作成日を県連において最初に支出した日の同年五月一〇日に書き換えた。)領収証を作成させ、これを同年八月上旬ころ、県連に届けさせた。渡邊岩保は、経理担当の小林良子に指示して、その領収証に記載されている金額を県連の帳簿に記入させ、さも県連において清新に右金員を寄附したかの如く処理した。その後、県連においては、平成元年の収支報告書に右寄附を実際に支出したかのように記入して、同二年一月二五日、新潟県選挙管理委員会にその収支報告書を提出した。なお、被告人鶴田は、同元年八月下旬ころ、南雲事務所を訪れた際、渡辺岩四郎から右領収証を発行した経緯について説明を受けている。

三  平成二年三月ころ、被告人南雲の指示を受けた渡辺岩四郎は、渡邊岩保に対し、収入の内訳をメモしたものや、領収書、寄附金リスト等を渡して、清新の平成元年における収支報告書の作成方を依頼した。そして、その際、右報告書を作成するに当たり、残高を出来るだけ少なくして、その残高を後援会に引き継ぐようにして欲しい旨をも併せて依頼した。渡邊岩保は、小島松彦に手伝わせ、県連の事務局において、清新の平成元年における収支報告書(いわゆる一次案)を作成したが、その報告書に県連が清新に寄附したとする五〇一一万七五六〇円を収入総額に加える一方、県連において支出した法定ビラの費用や水増し計上した人件費等を支出総額に記入したため、計算上、翌年へ繰越すべき額が五五五二万七五九三円となった。その収支報告書が渡辺岩四郎を通じて被告人南雲の下に届けられた。被告人南雲は、県連に宛てて五〇一一万円余の領収証を発行したことを一時失念していたので、その収支報告書を見て、県連の取扱いに立腹すると共に、報告書の記載自体にも強い不満を抱いた。そこで、被告人南雲は、渡辺岩四郎を介し、渡邊岩保に対し、繰越金が多過ぎることや、県連からの寄附についても善処されたい旨抗議した。しかし、これに対し、渡邊岩保は、既に県連の収支報告書に五〇一一万円余を清新に寄附した旨記入して、新潟県選挙管理委員会に提出済みであるので、今更訂正出来ないと言って断わった。

四  被告人南雲は、右寄附金の記載に納得出来なかったので、平成二年三月下旬ころ、被告人鶴田及び渡辺岩四郎と共に、判示元友会の事務所に赴き、当時の県連会長近藤元次に対し、寄附の記入について抗議した上、県連会長として責任を取り、元友会から清新宛の一〇〇〇万円の領収証を発行して欲しい旨申し入れた。その結果、近藤元次は、被告人南雲の右申し入れに理解を示し、その事実がないにもかかわらず、元友会が清新から一〇〇〇万円の寄附を受けた旨記載した平成元年一二月八日付(清新の平成元年における収支報告書に計上する都合上、その作成日を遡及させたものである。)領収証を発行してくれた。

渡辺岩四郎は、元友会発行にかかる右領収証を県連に持参して、渡邊岩保に渡し、その領収証分を清新の収支報告書に記入して、残高を少なくして欲しい旨依頼した。なお、被告人南雲も、その機会を捉え、渡辺岩四郎や渡邊岩保に対し、領収書の記載漏れがないかどうか再検討するよう要請した。渡邊岩保は、渡辺岩四郎が持参した残りの領収書を再検討して一一三六万二八二三円の経費を追加計上すると共に、元友会への寄附一〇〇〇万円をも併せて記入した上、改めて清新の収支報告書(いわゆる二次案)を作成したが、県連の寄附分五〇一一万円余については何ら訂正することなく、そのまま収入項目別金額の内訳欄(寄附の内訳欄)に記入し、翌年への繰越額を零とした。その収支報告書を預かっていた領収書と共に渡辺岩四郎に渡したところ、その後、被告人南雲及び渡辺岩四郎は、南雲事務所にやって来た被告人鶴田に右収支報告書を示し、その記載内容について同被告人の了承を得た。

五  近藤元次は、同年三月下旬ころ、被告人金子に対し、電話で被告人南雲の前記要求について問い合わせた。被告人金子は、その経緯を承知していなかったので、被告人南雲に対し、電話で「近藤代議士が金子さんの後援会から迷惑を掛けられたと言ってきた。近藤さんは一〇〇〇万をぶつけられたと言ってるがどうなってるんですか。」と問い質した。これに対し、被告人南雲は、県連から五〇一一万円余の領収証の発行を求められたが、それは清新の経理とは何ら関係ないものである上、架空の寄附を押し付けられたため、清新の残高が多く出たので、せめてもその一部一〇〇〇万円だけでも元友会に被って貰おうと思い領収書の発行を求めた旨、その交渉経過について説明し、被告人金子の了解を得た。

以上認定した事実、特に、被告人南雲が県連事務局次長の渡邊岩保に依頼されて、清新が県連宛に五〇一一万円余の架空領収証を発行するに至った経緯、清新の収支報告書にその旨記入した結果、被告人南雲の意に反し、翌年へ繰越すべき額が多額になったため、その収支報告書を見て、県連の取扱いに強い不満を抱いた被告人南雲が、県連会長の近藤元次に抗議して元友会発行の架空領収証を入手し、その領収証を用いるなどして、清新の収支報告書(二次案)を作成させた上、これを新潟県選挙管理委員会に提出したことなどに徴し、清新が県連から受けたとする五〇一一万七五六〇円の寄附は実体が伴うものとは到底認められない。

弁護人らは、県連と清新との間で、県連において清新の支出すべき費用を立て替えて置き、その立て替え総額が確定した段階で、寄附金に振り替えることを事前に了解し、その了解事項に従い、そのうちの五〇一一万円余を清新の寄附に振り替えたに過ぎないから、その実質は寄附に相当するものと解すべきであって、このことは県連会長や三役との間で本件知事選挙のために支出する県連の予算を承認していることからも明らかである旨主張する。

しかしながら、既に説示したように、渡邊岩保が被告人南雲らに対し、五〇一一万円余の領収証を発行して欲しい旨依頼した経緯や、これに対する被告人南雲らの講じた措置等に徴し、清新の支出すべき費用を県連において立て替え支出することにつき、県連側と清新側との間で事前に了解していたものとは到底考えられない。県連が会長や三役の間で本件知事選挙に関する予算を承認したとしても、その承認に清新側が関与しておらず、県連側の一方的なものであることに徴し、県連独自の支出を決したものと言わざるを得ず、右承認が清新の支出すべき費用の立て替えまでを容認したものとは到底解されない。渡邊岩保が県連作成の予算書を被告人南雲及び被告人鶴田に交付したのも、あくまでも参考に資するためのものであるから、右予算書を交付したことが右の結論を左右するものではない。

なお、弁護人らは、右所論に関する渡辺岩四郎、被告人南雲及び被告人鶴田の検察官に対する各供述調書も、取調べに当たった検事らの誘導、強制によって得た供述を録取して作成されたものであるから、その任意性を欠くばかりでなく、供述自体も信用出来ない旨主張するが、同人らの右認定に関する供述部分がいずれも取調べ検事の誘導、強制によるものであるとは認められないので、その任意性が肯認出来ることは勿論、供述自体十分信用出来ることも、既に説示したとおりである。弁護人らは、渡邊岩保の公判供述の信用性を争うが、右供述は十分信用出来る。

以上の次第で、県連からの寄附に関する論旨も総て採用することは出来ない。

第三  被告人らの共謀について

弁護人らは、東京佐川急便から受け取った一億円、県連からの寄附及び元友会への寄附を清新の収支報告書に記入せず、あるいは記入することにつき、被告人らには虚偽であることの認識がなかったから、そもそも虚偽記入の共謀はあり得ない旨主張する。

そこで、検討するに、まず、「一億円の帰属について」と題する補足説明の項で説示したとおり、東京佐川急便から受け取った一億円が清新に帰属することは明らかであるから、これを清新の収支報告書の収入総額に記入すべきことは論を俟たないところであり、そして、清新が新潟県選挙管理委員会に提出した収支報告書(二次案)にその旨を記入していない以上、その収入総額の記入が虚偽であることもまた自明である。次に、「県連からの寄附について」と題する補足説明の項で説示したとおり、県連からの五〇一一万円余の寄附は勿論、元友会への一〇〇〇万円の寄附も、実体の伴わない架空のものであるから、これらを右報告書に記入したことが虚偽であることについて疑う余地はない。のみならず、関係各証拠によると、被告人南雲と渡辺岩四郎は、渡邊岩保に作成して貰った清新の収支報告書(二次案)を新潟県選挙管理委員会に提出するに先立ち、いずれも虚偽の記入がなされている右報告書を被告人鶴田に示して、その記載内容を詳細に説明したこと、その際、同被告人は、渡辺岩四郎に対し、「御苦労さん」と言って、その報告書を新潟県選挙管理委員会に提出することについて了承したこと、被告人南雲と渡辺岩四郎は、平成二年四月中旬ころ、複写した右報告書を携えて、被告人金子を知事公舎に訪ね、その応接間において、同被告人に対し、東京佐川急便から受け取った一億円が収入総額欄に記入されていないその報告書を示しながら、渡辺岩四郎がその記載内容を逐一読み上げて説明したこと、しかも、県連からの寄附や元友会への寄附の項を読み上げた際、被告人南雲が、「これが例の五〇〇〇万円です。」、「例の元友会の分です。」と言って、それぞれ補足説明したこと、その説明を聞き終えるや、被告人金子は、「これで結構です。御苦労さんでした。」と言って、所論指摘の各事項につき、虚偽の記入がなされている右報告書を新潟県選挙管理委員会に提出することを了承したことが認められる。

以上認定した各事実に、既に説示した第一、第二の補足説明部分を併せ考慮すれば、被告人らは、清新の収支報告書(二次案)に記入されている前記各事項がいずれも虚偽であることの認識を有していたことは優に認定出来る上、被告人金子が右報告書の提出を了承した時点において、本件政治資金規正法違反の罪につき、被告人三名とほか数名との間で順次共謀が成立したものと認めることが出来る。この点に関する所論も採用することは出来ない。

弁護人らは、本件犯行の共謀に関する渡辺岩四郎や被告人らの検察官に対する各供述調書がいずれも取調べに当たった検事の強制や誘導により作成されたものであるから、同人らの任意の供述を録取したものとは到底認め難いばかりか、その信用性も存しない旨主張する。しかし、同人らの検察官に対する各供述調書は、いずれも任意の供述を録取して作成されたものであって、その任意性のみならず、信用性も十分肯認出来ることは、前記説示のとおりであるから、右主張も採用するに由ないところである。

(法令の適用)

被告人三名の判示所為は、いずれも刑法六〇条、政治資金規正法二五条一項、一二条一項に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人金子清を禁錮一年に、被告人南雲達衛を禁錮一〇月に、被告人鶴田寛を禁錮八月に処し、情状により刑法二五条一項を適用して、被告人三名に対し、この裁判の確定した日から三年間、それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条に則り全部被告人三名に連帯して負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

第一  可罰的違法性の不存在の主張について

弁護人らは、清新が元友会へ一〇〇〇万円を寄附したことにつき、検察官が訴因変更の方法により本件公訴事実に追加したものであるところ、右一〇〇〇万円が公訴提起の時点から架空であることが明白であったにもかかわらず、これを訴因に含めないで公訴を提起したばかりでなく、その相手方である元友会側に対し何らの処罰も求めていないことは、検察官において処罰価値がないものと判断したことの証左であり、したがって、この点に関する虚偽記入は可罰的違法性が存しない旨主張する。

確かに、元友会への寄附一〇〇〇万円に関する虚偽記入につき、公訴提起の時点においては訴因とされていなかったところ、平成五年七月一日、検察官から訴因変更の請求がなされ、第一〇回公判において、当裁判所がその請求を許可したものであること、右の点につき、検察官が元友会の虚偽記入につき刑事責任を追及した形跡が窺えないことは、いずれも所論指摘のとおりである。しかしながら、元友会への寄附一〇〇〇万円に関し、被告人らが清新の収支報告書に虚偽の記入をした所為につき、検察官が後日訴因変更の方法により審判の対象とした意図はともかく、政治資金規正法の目的や基本理念のみならず、元友会への寄附につき、被告人らがその領収証を発行させた趣旨や経緯、一〇〇〇万円という虚偽記入額自体に照らしても、被告人らの右所為が決して可罰的違法性を欠くものとは言えないから、論旨は理由がないと言うべきである。

第二  期待可能性の不存在の主張について

弁護人らは、被告人南雲が県連事務局次長渡邊岩保から五〇一一万七五六〇円の寄附に関する領収証の発行を求められた際、同人が県連の収支報告書にその旨記入して新潟県選挙管理委員会に提出済みであったので、それとの整合性を保つため、清新の収支報告書にも同様の記入をせざるを得ず、やむなく右所為に及んだのであるから、被告人らにおいて、虚偽記入をしないことの期待可能性がなかった旨主張する。

ところで、被告人南雲が渡邊岩保の依頼により、清新が県連から五〇一一万七五六〇円の寄附を受けた旨記載されている架空領収証を発行し、その寄附を清新の収支報告書(二次案)に記入して、新潟県選挙管理委員会に提出した経緯については、前記「県連からの寄附について」と題する補足説明の項において、詳細に説示したとおりである。右にみたとおり、被告人南雲は、渡邊岩保から県連の帳尻を合わせるため領収証を発行して欲しい旨依頼されて架空領収証を発行したが、その後、清新が県連から五〇一一万七五六〇円の寄附を受けた旨記載されている収支報告書(一次案)を見て、県連の取扱いに立腹し、渡邊岩保に善処方を申入れたこと、渡邊岩保は、既に県連の収支報告書にその旨記入して新潟県選挙管理委員会に提出済みであるので、今更訂正出来ないと言って、被告人南雲の申入れを断ったこと、そこで、被告人南雲は、当時県連の会長をしていた近藤元次に依頼して、清新が元友会へ一〇〇〇万円を寄附したとして、その旨記載の架空領収証を発行して貰い、これを県連に届けて、清新の収支報告書(二次案)を作成して貰ったこと、被告人南雲は、その報告書にも清新が県連から五〇一一万七五六〇円の寄附を受けた旨記入されていることを十分承知しておりながら、その記入に何らの抗議もせず、かえって、他の共犯者らの了解を得て、これを新潟県選挙管理委員会に提出したことが認められる。

以上のような事情に徴すると、被告人南雲はもとより、その他の被告人らにおいて、清新の収支報告書(二次案)に県連から受け取ったとする寄附五〇一一万七五六〇円につき、殊更虚偽の記入などせず、真実を記入した収支報告書を作成して提出することが十分可能であったものと認められるから、敢えて虚偽の記入をした収支報告書を提出したことについて、期待可能性がなかったとは到底言えない筋合いであり、この所論もまた採用することが出来ない。

第三  憲法三八条一項違反の主張について

弁護人布施誠司は、本件一億円が清新に帰属することを前提に、その一億円を収支報告書に記入すべき義務があるとして、その記入につき刑罰を科してまで強制することは、実質犯たる量的制限違反の事実につき自白を強要することになるので、憲法三八条一項に違反する疑いがある旨主張する。

ところで、本件は、被告人らが清新の収支報告書の収入総額欄に東京佐川急便から受け取った一億円を含めないで記入したことが政治資金規正法二五条一項、一二条一項の罪に当たるとして起訴されたものであって、これとは別個の同法二六条二号、二二条四項の刑事責任を問うものではないけれども、同法違反の虚偽記入罪で処罰することが、量的制限違反の罪について自白を強制する側面を有することもにわかに否定し難いところである。しかし、政治資金規正法の立法趣旨は、政治資金に関する総ての収支を国民の前にガラス張りの状態にして、政治団体及び公職の候補者の政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにし、そのことによって政治腐敗を防止しようとするものであって、その立法趣旨に照らせば、政治団体の収支報告書にその総ての収入及び支出を有りのまま記入して、これを当該各都道府県の選挙管理委員会に提出することを義務付けていることには合理的な理由があるものと解される。したがって、収支報告書にその総ての収入及び支出を有りのまま記入して、虚偽記入罪の刑事責任を免れようとすれば、量的制限違反(もっとも、量的制限違反に当たらない場合であっても、虚偽記入罪が成立することも考えられるので、その場合は所論のような問題は生じない。)の行為自体を断念せざるを得ないことになるが、そう解したからと言って、その違反者から特段保護すべき利益を剥奪することにはならないのであって、このことは最高裁判所の累次の判例(昭和五四年五月一〇日判決・刑集三三巻四号二七五頁、同月二九日判決・刑集三三巻四号三〇一頁参照)の趣旨に照らしても明らかである。してみれば、政治資金規正法二五条一項、一二条一項の虚偽記入罪をもって処罰することが量的制限違反の罪に関する不利益事実の供述を強いるものとは言えず、したがって、政治資金規正法二五条一項、一二条一項の虚偽記入罪で処罰すること自体何ら憲法三八条一項に違反するものではない。論旨は理由がない。

第四  公訴権濫用の主張について

一  弁護人らは、清新が県連から受けたとする五〇一一万円余の寄附及び元友会へしたとする一〇〇〇万円の寄附につき、検察官が県連や元友会の各虚偽記入につき、政治資金規正法違反の刑事責任を追及していないのに、清新の虚偽記入に対してのみ公訴を提起したのは、被告人らの処罰を焦る余り、その有する合理的な裁量の範囲を逸脱して偏頗な取扱いをしたもので、公訴権を濫用した違法かつ不当なものであるから、憲法一四条、三一条に違反する旨主張する。

確かに、県連からの寄附や元友会への寄附につき、検察官が県連や元友会の各虚偽記入につき、政治資金規正法違反の刑事責任を追及した形跡は窺われない。しかし、本件公訴は、清新が新潟県選挙管理委員会に提出した平成元年における収支報告書に県連から受け取ったとする寄附五〇一一万円余、元友会へしたとする寄附一〇〇〇万円をそれぞれ記入したことのほか、東京佐川急便から受け取った一億円を含めないで収入総額を記入したことが政治資金規正法二五条一項、一二条一項に当たるとして起訴されたものであって、単に、県連からの寄附、あるいは元友会への寄附に関する虚偽記入のみを起訴したものではないから、清新の収支報告書に虚偽の記入をしたことが県連や元友会のそれとは量的にも、質的にも全く異なることが明らかであって、三者の取扱いが異なったからと言って、それが偏頗な取扱いと言えないことは勿論、清新の収支報告書に関する虚偽記入につき、被告人らのみを起訴したことが検察官の職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たらないことも極めて明白であるから、本件公訴の提起につき、検察官がその裁量権を逸脱したものとは到底解されない。してみれば、本件公訴の提起が憲法一四条、三一条に違反する旨の所論は、その前提を欠き失当と言わざるを得ない。なお、所論は、検察官が元友会への架空寄附部分について訴因を追加的に変更した手続をも論難するが、その手続に何らの違法も見出せないので、この点の所論も採用出来ない。

二  次に、弁護人らは、東京佐川急便から受け取った一億円について、一応、選挙運動に関する収入及び支出の規制違反(公職選挙法二四六条一号)、選挙費用の法定額違反(同法二四七条)、記載義務違反(政治資金規正法二五条一項)、量的制限違反(同法二六条二号)の各罪が成立するものと考えられるところ、本件公訴が提起された当時、右の各罪は既に公訴の時効が完成し、あるいは犯罪主体を異にするので、右の各法条により被告人らを処罰することが出来なかったにもかかわらず、検察官は、その有する公訴権を濫用し、脱法的に敢えて同法二五条一項の虚偽記入罪で起訴したもので、かかる公訴の提起は公訴の時効制度を潜脱した違法なものであって、憲法三一条に違反する旨主張する。

そこで、検討するに、公職選挙法二四六条一号、二四七条により処罰される主体はいずれも選挙運動の出納責任者であり、政治資金規正法二五条一項の記載義務違反により処罰される主体も政治団体の会計責任者であることが明らかであって、被告人らは、いずれもその地位にあったものではない上、本件公訴が提起された当時、所論指摘の各罪は既に公訴の時効が完成していたので、たとえ被告人らが右の各罪に関与したとしても、それらの罪で処罰出来ないことは所論指摘のとおりである。しかし、公訴の提起に関し、刑事訴訟法上、検察官は、広範な裁量を有しているのであるから、右のような事情があるとしても、そのことによって検察官の右裁量が拘束されるものとは解されない。したがって、清新が東京佐川急便から受け取った本件一億円について、所論指摘の各罪が成立するか否かはともかく、政治資金規正法二五条一項、一二条一項の罪が成立するとして、その罪について被告人らの刑事責任を追及するため、本件公訴を提起した検察官の措置は適法であって、何らの法をも潜脱するものではない。してみると、所論は、その理由がないことは明らかであって、本件公訴の提起が憲法三一条に反するものとは到底言えない筋合である。論旨は採用出来ない。

なお、弁護人布施誠司は、本件公訴の提起が政治資金規正法違反のみならず、他の犯罪に関する過去の処分例に比し極めて不公平であって、政治目的に基づくものである旨主張する。しかし、各事件にはそれぞれ固有の事情があってその軽重を一概には決せられない上、公訴の提起に関し検察官の有する広範な裁量に鑑みれば、所論が指摘する事情を考慮しても、本件公訴の提起が不公平とは言えず、ましてや政治目的を意図したことを窺わせる事情も全く存しないから、論旨は理由がない。

(量刑の事情)

一  本件は、被告人三名がほか数名と共謀の上、東京佐川急便から受け取った一億円が清新に帰属したにもかかわらず、これを収入から除外してその収支報告書の収入総額欄に記入せず、あるいは県連から五〇一一万円余の寄附を受けた事実がなく、また、元友会へ一〇〇〇万円の寄附をした事実もないのに、これらを右報告書の収入項目別金額の内訳欄や支出項目別金額の内訳欄に、それぞれ虚偽の記入をして、その報告書を新潟県選挙管理委員会に提出したという政治資金規正法違反に関する事案である。

二  ところで、政治資金規正法は、その一条及び二条に明記されているとおり、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性等に鑑み、政治団体等の政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治資金の収支や授受に関し公開ないし規正の措置を講じて、政治活動の公明と公正を確保し、もって民主政治の健全な発達に寄与することを目的として制定された法律であって、政治団体や公職の候補者は、その責任を自覚し、政治資金の収受に当たっては、いやしくも国民の疑惑を招くことのないように、公明正大に行わなければならないこととされている。

三  被告人らの本件所為は、政治資金規正法の目的や基本理念に悖ることは勿論、政治不信の回復を図るため、国を挙げて政治的腐敗防止に努力していた折、本件知事選挙に際し、佐川から三億円の資金援助の申し出でがあったとはいえ、これを受け入れて、そのうちの一億円という巨額の政治資金を入手しておきながら、その事実を秘して知事の座を獲得し、あるいはそれに協力したほか、県連から受け取った寄附や元友会への寄附についても虚偽の記入をするなどしたものであり、しかも、被告人らは、事実を隠蔽するため口裏を合わせ、更に、被告人金子は、県議会において、本件一億円授受の有無について厳しく追及された際も、その事実を否認し続けるなど、県民の信頼を裏切り、清廉であるべき知事の地位を著しく汚したことはもとより、政治不信を一層募らせたものである上、その動機も、本件一億円が露見すると、特定企業との癒着が取り沙汰されて、県民の疑惑を招き、ひいては被告人金子の政治生命が絶たれるため、その発覚を未然に防止しようとして、他の数名と共謀の上、本件犯行に及んだものであって、全く酌むべきものは認められず、その犯情は誠に悪質と言うほかない。したがって、被告人らのこのような犯行は強く非難されなければならず、その刑責、取り分け被告人金子のそれは重いと言わざるを得ない。

四  被告人金子は、新潟県知事選挙に立候補するに先立ち、佐川や渡邉廣康らと頻繁に接触して、同人らから知事選挙における資金援助の確約を取り付けた上、選挙事務所の事務所開きが行われた翌日被告人鶴田らに依頼し、本件一億円を受領して被告人南雲や被告人鶴田らにその管理等を任せ、かつ、本件知事選挙の際、その一部を選挙資金に使用し、残余を清新の政治活動費用等に充てておりながら、その収入を清新の収支報告書に記入しないなど、本件犯行の最も重要な部分に関与したばかりでなく、捜査の初期の段階のみならず、公判段階においても犯行を否認し、自己の保身を図っていることに鑑み、その刑責は他の被告人らに比し最も重いと言わなければならない。

しかし、被告人金子は、平成四年九月九日、本件を契機に新潟県知事の職を辞すると共に、一切の公職から退き、ひたすら謹慎していること、県連からの寄附や元友会への寄附については、自ら積極的に意図したものではないこと、県知事時代や副知事時代を通じて、約九年間、県民のためそれなりに貢献して来たこと、前科前歴が全くないことなど、同被告人に有利な事情も認められる。

五  被告人南雲は、本件知事選挙当時、後援会の代表者であった上、被告人金子を当選させるため、実質的な総責任者として、清新やめざす会の運営に当たり、その資金の管理等をも取り仕切っていた者であって、本件一億円の管理・処分等を任された後、被告人鶴田や渡辺岩四郎らに指示して、右金員を選挙資金等に充てておりながら、本件一億円について虚偽記入をしたに留まらず、県連宛の架空領収証の発行や、元友会からの架空領収証の発行依頼等にも積極的に関わって、収支報告書のいわゆる一次案や二次案の作成を依頼し、その後、被告人金子や共犯者らの了承を得て、その収支報告書(二次案)を選挙管理委員会に提出しているのであって、右のような関与の態様や程度、果した役割等に徴し、その刑責は被告人金子にそれ程劣るものではない。

しかし、被告人南雲は、永年地方公務員として勤務し、地域住民のため貢献して来たこと、高齢や身体の障害などもあって、本件を契機に殆どの役職を辞し、自宅に閉じ篭って謹慎していること、当初本件一億円の資金援助について何らの相談も受けておらず、いきなり管理等を任されたものであり、また、県連へ架空の領収証を発行するようになったのは、県連からの強い要望によるものであって、最初から意図したものではないこと、前科前歴が全くないことなど、同被告人に有利な情状も認められる。

六  被告人鶴田は、本件知事選挙当時、被告人金子を当選させるため、被告人南雲と共に、その責任者として、清新等政治団体の運営や資金管理などに深く関わって来た者であって、特に、被告人金子の依頼に基づき、大倉省吾を伴って東京佐川急便に出向き、渡邉廣康から現金一億円を受け取って来た上、これをコインロッカーに入れて保管し、必要な都度取り出して南雲事務所に持ち込み、その金員を選挙資金や政治活動費用等に充てており、更に、県連への架空領収証の発行についても被告人南雲から事前の相談に預かって、これを了承したばかりでなく、元友会へ架空領収証の発行を依頼した際、被告人南雲と同道し、近藤元次と直接交渉するなど、本件犯行の重要な部分を担当しているのであって、他の共犯者の刑責に比し、それ程軽いとは言えない。

しかし、被告人鶴田は、地方公務員として永年新潟県庁に勤務し、県民のため貢献して来たこと、本件発覚後、大半の役職を辞して謹慎していること、県連宛の架空領収証の発行には直接関与しておらず、収支報告書(二次案)の作成についても積極的に関与したものではなく、事後承認をしたものに過ぎないこと、前科前歴が全くないことなど、同被告人に有利な事情も認められる。

七  以上のような本件に関する一般的、個別的情状を総合考慮して、被告人らをそれぞれ主文掲記の各刑に処した上、いずれもその執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新田誠志 裁判官 山本武久 裁判官 島村雅之)

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